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日本の若者の夢は何だろう?

江戸時代、日本が鎖国で惰眠をむさぼっている?間に、ヨーロッパでは産業革命が起こり、生産力が著しく増大した。

 開国後、先進諸国の経済力、軍事力に気づいた日本は、欧米諸国に追いつき、追い越せを目標に目まぐるしい進歩を遂げた。第二次世界大戦前には念願の先進国に肩を並べるまでに国力を向上させた。太平洋戦争で一時期生産力は衰えたが、戦後の復興には目を見張るものがあった。

 特に60年代からの高度経済成長で、日本のGDPは飛躍的に拡大し、再び先進国の仲間入りを果たしただけでなく、外国との貿易摩擦を引き起こした。アメリカと日本の二極に対抗するため、ヨーロッパ諸国がEC(現在のEU)を結成せざるを得ないほどの経済的発展をしたのである。

 その成長を支えた理由はさまざま挙げられる。しかし、もっとも大きな要因の一つは若者のエネルギーではないか?

 「自分たちの生活を豊かにしたい」という願望と、地道に努力すればそれが可能になる社会環境があった。少なくとも若者は将来に向けて、そういう希望を持つことができた。

 現在の状況はどうだろう?どんなに努力しても将来に夢が持てない状況が生まれている。つまり、巨万の富をつかむ者がいる一方、他方では努力しても正社員になれない若者もいるという、今までに経験ない格差社会が現出したのである。

 企業は人件費を安くするために、正社員からパートなどの臨時雇用で時間給も安く、しかも季節変動に対応が容易な派遣社員の割合を高めている。つい最近の調査によれば、派遣社員が320万人にも及ぶという。

 自社の利益を大きくすることは、企業の目的でもあり社会的な使命でもある。しかし、企業が自社の利益の追求だけに目を奪われ、過剰にそれを実行すれば社会そのものがいびつになる。空前の利益を上げている企業が数多く存在しながら、労働者の給与は9年連続で下がっている現状が、如実に現在の企業の姿を示している。

 ご存知のように、昨年は自社の利益のために社会的ルールさえ破る企業の増加が目に付いた。ミートホープ社、白い恋人、赤福など枚挙にいとまがない。さらにはあの吉兆までもルール破りが発覚した。

 無論、ルール破りは論外だが、その根底には「自社の利益のため」にはルール破りさえするという考え方が浸透しつつあるのではないか?まだ発覚はしてないが、法すれすれの行為をやっている企業も多くあるのではないかとさえ思われてならない。

 一生懸命に頑張れば安定した生活が送れるという社会のイメージはもろくも崩壊した。それだけでなく、ネットカフェ難民まで出ている。

 若者だけではない。バブル崩壊後の企業のリストラはすさまじかった。その会社一筋に家庭まで犠牲にして生きてきた中高年の自主退社という美名のもとでの首切り。それを目の当たりにした若者たちは、自分たちの「成れの果て」を見たのではないか?

 短期間に先進諸国に追いついた日本の発展を支えてきたのは、前述の若者のエネルギーと終身雇用制から生まれる愛社精神(長期的な考え方)ではなかったか?己の人生がその企業で全うできるからこそ生まれたのではなかったか?

 愛社精神がなければ、その企業の将来を考えた行動、つまり長期的な見方で働くことはなくなる。今の利益のためには、言葉は悪いが「何でもあり」になる。前述の社会のルール破りの遠因の一つではないかと思われてならない。

 「わが社だけ」という発想が行き着く先は、極限すれば「自分だけ良ければいい」という考え方である。同じ企業も同じ部門もまったく関係がない。—最終的にそこに行き着くことになる。

 なぜ人は働くのか? 第一に自己実現、第二に生きていく糧であろう。特に生きていく糧という観点に、働く者の多くが立脚すれば、愛社精神など歯牙にもかけない社会が生まれるのは自明の理といえよう。

 その結果、働く人の良識で支えられていたであろう、企業の目に見えにくい部分が少しずつ顕在化することにもなるだろう。

 企業が「人を人とも思わぬ」経営をする一方で、愛社精神を求めるというのは余りにも身勝手な考え方と言わねばなるまい。なぜなら、その企業に本人がいつまでいるか分からないのであるから…。

 実際問題として、7・5・3(3年以内に企業を去る割合が3割、高卒では5割、中卒では7割)と言われて久しい。こういう社会が続けば、その企業だけでなく日本社会全体が落ち込むことになる。

 社会を冷静に見ている若者たちが夢を失うのも当然と言えば当然である。若者が夢を持てる社会の実現に向けて、我々大人たちは全力を挙げて努力をしなければなるまい。

2008年1月


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